1962年11月:
東京都豊島区に生まれる。父親は漢方薬店を経営する薬剤師。母は新潟出身の元スポーツ万能少女。父方の祖父はかつて活動写真の弁士だった。
1878年4月:
何の苦労も無く、受験勉強もほとんどしないまま、東京都立竹早高校に入学。
1981年3月:
毎年の留年の危機をなんとか掻い潜り、無事3年間の高校生活を終えて卒業。
しかし大学に行く意味がわからず、受験勉強を一切していなかったため、同級生からは「わが校ではひじょうに珍しい就職組」と勝手に言われていた。
1981年4月〜11月:
大塚駅近所にあったオニギリ屋でひたすらオニギリを握る日々。週末は地元の友達とサーフィンをしに海へ。
この時に身につけたオニギリ作りの腕は一級品。その後の人生でガールフレンドたちに絶賛される。
1981年8月頃:
「大学に行けば4年間好きなだけサーフィンができる」ことに気づき、人生で初めて大学に行くモチベーションを持つに至る。
1981年12月頃〜:
受験勉強を開始。最初の一ヶ月間はとにかく世界史の勉強。明けて1月の二週間は英語を勉強。試験3日前になって受験に古文・漢文も出ることに気づき、あわてて勉強。現代国語は何もせず。
第一志望はキャンパスがロマンチックで素敵だし、自宅から近かった立教大学。
1982年4月:
立教大学経済学部経済学科に入学。
サーフィン部に入り、千葉の御宿で過ごす日々。
卒業単位合計132単位のうち、大学1年次取得:9単位、2年次:20単位、3年次:30単位、4年次:73単位取得。ギリギリ4年間でなんとか卒業。
大学3年からはテニスサークルにも入部し、サーフィン部と兼部。
1986年4月:
就職試験で唯一受かった(株)ヤナセに入社。輸入車のセールスマンに。
厳しい新人研修と過酷な労働条件で失意の日々。「自分はこれでいいのか?」と悩む毎日。
1986年7月:
都営三田線のホームで買った故松下幸之助翁の「ものの見方 考え方」という本を読んで大いに勇気を得る。「自分はこれでいい」と納得。積極派セールスマンとしてクルマを売りまくる。
セールス活動で数多くの貴重な体験を積み重ねる。
1987年5月:
ふとしたきっかけから、「公認会計士にチャレンジしたい」と思い立つ。
1987年7月:
(株)ヤナセを円満退社。受験生活へ。
1991年10月:
紆余曲折、数々のドラマを経験し、苦しみと悟りを経て、公認会計士第二次試験に合格。
米国式経営を体験したいと思い、アーサー・アンダーセン会計事務所に入所。
米国大手証券会社など、外資系金融機関の会計監査に従事。
いきなり英語の世界、米国人の世界、デリバティブの世界に入ってしまい、苦しむ。
1994年10月:
ひととおり監査実務を学んだので、次は税務の勉強をしたい、と切望し、アーンスト・アンド・ヤング会計事務所に入所。
アーサー・アンダーセン時代に外資系金融機関をメインに仕事をしていた関係で外資系金融機関の税務を主に扱う国際税務部に。
1995年4月:
公認会計士第三次試験に合格。
1997年6月:
国際税務実務に自信をつけ、アーンスト・アンド・ヤングを円満退社。
1997年7月:
独立開業。公認会計士細山事務所と、ホスティングサービスを提供する龍冠堂コンサルティング株式会社を設立。
現在に至る。 |